家族4人で長崎、島原旅行を考えています、オススメのホテル、観光ス…雲仙ゴルフ場

本音の口コミで選ぶ、京都府内のゴルフ場

国道57号の好きな区間を教えてください。

国道57号の好きな区間を教えてください。

小浜の西登山口から雲仙ゴルフ場あたりです。

11月10月(日)普賢岳登山を計画の佐世保在住の者です。

11月10月(日)普賢岳登山を計画の佐世保在住の者です。
ロープウェイ駐車場を日の出とともに出発し佐世保に14時くらいに帰ってきたいのですが道路も8時に開門、ロープウェイ下に停められません何か良い方法?前日9日(土)夜間に佐世保出発し雲仙温泉街付近?で仮眠しようと思います。

雲仙ゴルフ場横の”池の原園地”に登山者用の無料駐車場+トイレがありますよ。
ロープウェイ駅のある仁田峠まで登山道が通っており、歩いて30~40分、整備されたコースです。

長崎県・佐賀県でオススメなショートコースを教えていただけますでしょうか?

長崎県・佐賀県でオススメなショートコースを教えていただけますでしょうか?男女二名で、コースは経験したことはありますが、まだ初心者で上手ではありません。


レンタルゴルフも出来れば尚可ですが、出来なくても良いので、お願いします。

観光でも有名な「雲仙」大正2年に設立された「雲仙ゴルフ場」施設内のショートコースがお薦めです。
1日中周り放題なのでハイキングがてらお弁当持参でどーぞ(*^_^*)周辺には温泉や綺麗な景色が満載ですよ?http://www.unzengolf.com/

長崎チャンポンも食べるのよ。>

軽井沢ってどんなところなんですか?

軽井沢ってどんなところなんですか?別荘というイメージですが、山中ではないのですか?以前、軽井沢にあるアウトレットモールがテレビに映っていたような気がします。
私の住んでいる九州だと、阿蘇などに別荘が多いイメージですが、阿蘇は自然ばかりでアウトレットモールなどはないと思います。

軽井沢に近い成り立ちは雲仙でしょう。
要は外人向けのホテル、別荘があった、夏涼しい避暑地なんて発想です。
軽井沢は、明治時代カナダ人宣教師が訪れ、故郷のトロントに似ているという事から広がっていきます。
1886年(明治19年)にカナダ人宣教師のアレクサンダー・クロフト・ショーがたまたま訪問し、高林薫平の居宅を借り受けて7月から8月まで滞在し、故郷のトロントと似ていると感じた。
1888年(明治21年)、ショーは「つるや」(現在のつるや旅館)の主人の佐藤仲右衛門のあっせんによって大塚山に別荘を設け、避暑地としての軽井沢の歴史を切り開いた。
別荘第1号は、民家を移転し、改造したものである。
後に移築され、ショーハウス記念館としてショー記念礼拝堂の裏に現存する。
同年には信越本線の長野方面が開通して軽井沢駅が設けられた。
さらに1893年(明治26年)には碓氷峠を越える区間も開通し、東京と直結した。
その後、ショーと一緒に訪れた帝国大学教師ディクソン夫妻が「亀屋旅館」の佐藤万平に洋食を教え、1894年(明治27年)に軽井沢で最初の洋式ホテル「亀屋ホテル」(後の万平ホテル)ができた。
その後、1899年(明治32年)には「軽井沢ホテル」、1906年(明治39年)には「三笠ホテル」も開業して宣教師・知識人・文化人の間で人気を博し、日本三大外国人避暑地の1つに数えられるようになった。
軽井沢周辺の標高は1000メートル前後であり、年平均気温は7.8℃で、札幌の平均気温(8.5℃)よりも低い。
そのため避暑地として知られている。
ジョン・レノンが、ビートルズ解散後の1970年代中期から、亡くなる1980年まで、毎年のように夏に家族連れで長期間滞在していたことや、避暑地の中にある「軽井沢会テニスコート」が、1958年に皇太子明仁親王(当時)と正田美智子の出会いの場所になったことなども、広く知られている。
また、ビル・ゲイツが軽井沢に別荘を建てることを予定している。
雰囲気、店舗は九州なら湯布院みたいですが・・・・口を悪く言うと「貧乏人の軽井沢」みたいな感じですね。
多分西の軽井沢を目指そうなんて発想で、町を作ってる感覚ですね。
雲仙の場合は・・・温泉地として開発が始まったのは約350年前、松平忠房の命により湯守を勤めた加藤善右衛門が湯宿(現在の湯元ホテル)を設置したことによるとされる。
幕末には吉田松陰が当地を訪れた。
またシーボルトらにより海外へも紹介された。
明治・大正期には上海租界の欧米人の保養地として繁栄した。
当時、長崎は上海の蒸気船などに対する石炭供給地であり、雲仙温泉及びふもとの小浜温泉とともに上海租界の後背地を形成していたのである。
なお、ノーベル文学賞のパール・S・バックやヘレン・ケラーも一時滞在している。
外国人客が多く訪れていたことを受けて、昭和初期に外国人向け洋式ホテル雲仙観光ホテルが建設された。
なぜ多くの外客が戦前期に雲仙温泉を訪れたのか?http://inbound.exblog.jp/22356155/当時の外客滞在数のトップ10の中に雲仙温泉(長崎県)がランクインしています。
当時の雲仙温泉と小浜に滞在する外客数の推移は以下のとおりです。
1908(明治41)年 1374人1909(明治42)年 1394人1910(明治43)年 1522人1911(明治44)年 1995人長崎県は雲仙周辺を「温泉を以て天下の一大樂園」とするべく、明治44年から6年間の継続事業として12万坪を「温泉公園」として開発しました。
雲仙岳の麓にあり、外客が海水浴を楽しんでいた小浜から雲仙までの道路の改築、公園内の整備などに着手しました。
当時すでに以下のような施設があったようです。
・娯楽場…138坪の平屋建築で、夜会音楽会や活動写真の上映を行う。
教会堂として利用されるうえ、周辺にローラースケートを楽しめる運動場もある。
・テニスコート…娯楽場の北に2面のテニスコートと休憩所あり。
・ゴルフヤード…5万千餘坪のゴルフ場。
9ホールまで。
バーなどを備えた休憩所あり。
生野は雲仙温泉に新しくできた外客向け施設を紹介したうえで、当時の外客についてこう述べています。
「温泉繁栄の主因は固より其地形の然らしむるものなるに相違なきも其他にも理由がなければならぬ。
即温泉の地たるマニラ、香港、上海、青島、浦鹽(ウラジオストク)等欧米各国の東洋殖民地より海上交通の便容易なると、ホテル料金の低廉なる等とが即夫である」。
つまり、当時の雲仙温泉は東アジアの欧米植民地在住の外国人が海を渡って訪れていたのです。
生野はようやく整備が進みつつある雲仙の外客向け施設と宿泊客の状況について、こんな鋭い意見を述べています。
「上記各殖民地より来遊する現在の外客の多数は所詮番頭、中流人士。
宣教師の如き家族を引伴れて来遊滞在するもの多数を占めて居る。
一度料金の他の内地のホテルの如くならんには数年ならずして其跡を絶つに到ることは必定である」。
これはどういうことでしょうか。
当時雲仙のホテル料金は「アメリカンプランとしての料金が二圓半乃至五圓」と日本国内の他の温泉地に比べ安めに設定されていて、客層は中流階級の欧米客が多数を占めていたというのです。
ですから、もし料金を他の温泉地並みに上げると、外客は訪れなくなるだろう、というのです。
つまり、生野は、欧米からの長期航路で横浜や神戸を訪れる外国人と、東アジアの欧米植民地在住の外国人を区別し、彼らの雲仙訪問はホテルや船運賃が低廉であるために実現できた「中流人士」のカジュアルな避暑旅行にすぎないこと。
それゆえホテル料金を上げるべきではないと言っているのです。

規模は小さいが九州でいうなら湯布院のようなところ。
今の湯布院は南軽井沢を模して作られている。>軽井沢は森や林の中に別荘が並び、街は街で賑わっているところです。元々が標高1000mあり、東西、南北に2,3キロずつの平地が開けていて、そこを中心に別荘地や街が広がっています。アウトレットは全く別荘地の雰囲気はなく、この中だけ少し周辺とは雰囲気が異なります。街中はレストランやカフェ、パン屋さんなどが点在していますが、本格的な高級店が多く、東京に支店を出しているお店がいくつもあります。他の観光地や別荘地では成り立っていかないようなお店も軽井沢では成り立っています。また、スーパーもイオンのような全国チェーンのスーパーは撤退し、長野を中心としたチェーンのスーパーで、しかも都内の高級スーパー並の輸入食材を揃えたお店の方が生き残っています。国内でこのような場所は他にはないかもしれません。>別荘地として有名です。山中ではないですが、目の前にスキー場があります。雪が降りにくい所なので人工雪です。アウトレットモールがありますが、たいして安くないです。>

九州での旅のプランについてご相談です。

九州での旅のプランについてご相談です。
一泊二日で博多から雲仙へ旅行に行こうと考えています。
博多と雲仙の間でおすすめの観光地等があれば教えていただければ嬉しいです。
雲仙の温泉宿に15時にチェックインして、翌日10時頃チェックアウトなのですが、それ以外に特に予定が埋まっていません。
車で移動するのですが、博多から3時間程度だとしても時間は結構余りそうだなぁと感じています。
転勤で博多にやってきたばかりなので、昔に行った太宰府天満宮くらいしか主な観光地は行っていません。
博多から雲仙までの動線上か、少し足を延ばす程度の場所でお勧めの場所があれば教えてください。
初日は朝9時頃には博多を出て、2日目は20時頃には博多に帰るように予定しています。
是非よろしくお願いします。

こんにちは。
長崎道で行くと思いますが大村PAは恋人の聖地に認定されています。
また、大村湾の景色はキレイです。
また、大村PAの売店のびわソフトクリームは絶品です。
びわは長崎の名産です。
雲仙なら島原鉄道の愛野駅はロマンチスト協会の名誉本部が置かれていた場所です。
愛野駅の近くに吾妻(あずま)駅があります。
愛野駅から吾妻駅までのきっぷは人気があります。
「愛しのわが妻」と読むことができます。
また、幸(さち)駅の入場券のセットとなったきっぷも販売しています。
本諫早・島原・南島原の駅で購入可能です。
島原行く途中に千々石カステラセンターがあります。
ここのカステラは絶品です。
千々石を進むと橘神社があります。
橘神社では千々石出身で日露戦争で活躍した橘周太中佐の銅像が設置しています。
橘神社が進むと雲仙の登山口です。
雲仙では地獄めぐりが有名です。
温泉神社の参道口にきのこマンが美味しいです。
雲仙の観光は仁田峠が有名です。
仁田峠の入口付近にはゴルフ場があります。
ココのゴルフ場は日本最古のゴルフ場です。
仁田峠は春はミヤマキリシマ、夏は新緑、秋は紅葉、冬は霧氷と四季折々の風景を見ることができます。
また、ロープウェイの駅があり、妙見岳まで登ることができます。
雲仙が山の温泉なら海の温泉は小浜です。
小浜には日本一長い足湯が有名です。
105メートルあります。
また、熱量も日本一。
雲仙と小浜は硫黄泉です。
金属類は全て外してくださいね。
入浴後、真っ黒に錆びつきます。
島原城も人気です。
登らなくていい城として人気です。
また、武将隊がいて演舞が元気がいい。
島原の名物は具雑煮とチェリー豆です。
島原城の売店で購入できます。
売店の隣には資料館もあります。
道の駅みずなし本陣ふかえ。
雲仙普賢岳の火砕流の凄さが体感できます。
土石流被災家屋保存公園は必見です。
長くなりましたが楽しい旅行にして下さい。

1日目
福岡→高速→南関IC→長洲→フェリー→多比良→国道251→島原(観光、お城、武家屋敷、白土湖、涅槃像、がまだすドームなど、昼食は「ほうじゅうhttps://hitosara.com/0001045915/」をお勧めしたい。
島原→国道57→雲仙(チェックインまで時間があれば仁田峠や地獄へ)
2日目
雲仙→国道57→愛野→国道251→吾妻→諫早湾干拓堤防道路→国道207→竹崎(蟹または牡蠣小屋で昼食)→祐徳稲荷→国道498→武雄→高速→東背振IC→吉野ヶ里遺跡→鳥栖(佐賀牛の店季楽http://kira.saga-ja.jp/tosu/で佐賀牛のディナー)→福岡>●嬉野温泉・肥前夢街道↓https://youtu.be/xhVEPh8a_Eg●佐賀県と長崎県の県境の町、嬉野市にある九州版・忍者村です。大人気です。(゚ノωノ)(゚ノωノ) 恥ずッ>質問者様が何に興味が有るのか分かりませんので万人にお薦めの場所ではありませんが、佐賀県には陶磁器の名所が多いので、窯元を見て回るのも良いかもしれません。
有田焼、黒牟田焼など。
やや回り道にはなりますが。>島原の「雲仙岳災害記念館」と、その近辺にある「道の駅 みずなし本陣ふかえ」に隣接する「土石流被災家屋保存公園」に立ち寄ると良いでしょう。
そこから雲仙の旅館街に入る前に仁田峠に上り、ロープウェーで山頂まで行かれることをお奨めします。
(冬場は雪の心配がありますが)
お昼は島原城傍の「姫松屋」の具雑煮が名物です。
島原城自体は小さいので大したことはありません。
彫刻家「北村西望」の作品が場内で見られます。
(長崎の平和公園にある「平和記念像」の作者です)
福岡からだと上の行程で、チェックインは17時頃になると思いますが、それで構わないのではないでしょうか?
宿泊がどこかに依りますが、雲仙の地獄めぐりは30分もあれば済みます。
時間が足りないようであれば、どれかを翌日に回せば良い。
帰りはルート次第ですが、熊本城が修復中なので市内に立ち寄る妙味が薄いですね。
阿蘇の大観峰をドライブするのもありでしょう。
佐賀方面に向かえば吉野ケ里遺跡、鹿島の祐徳稲荷、辺りですかね?>太宰府天満宮に行っているので、行っているかもしれませんが、九州国立博物館
西海パールシーリゾート http://www.pearlsea.jp/
長崎ペンギン水族館 長崎市にあるが、ほぼ諫早ですので通り道とも言えるかも
ちょっと遠いが、、イルカウォチング、、、
http://www.iruka-watching.com/about
ちゃんぽんは小浜も有名、、、、、
小浜は雲仙の麓のような地域、雲仙と同様に温泉もある。
無料の足湯もあるようです。
フェリーで天草に行き、天草五橋 http://www.t-island.jp/event_bridge を使って熊本に移動する、、、、>

雲仙について調べていたら、1911年に日本最初の県立公園に指定されたとありました…

雲仙について調べていたら、1911年に日本最初の県立公園に指定されたとありました。
最初に指定された県立公園は他にもあるのでしょうか?あったとして、何処なのでしょうか。
宜しくお願いします。
雲仙が最初の国立公園の一つというのは知っていましたが、県立公園の事は知りませんでした。
調べようとしたのですが、詳しい事がわかりませんでした。
他には、何処にどんな公園があったのでしょうか。
お教えください。

現在の都道府県立自然公園は、「自然公園法」(1957年施行)により国立公園・国定公園の下位区分の自然公園として法的に明確に位置づけられ、国立公園などと同じく「優れた自然の風景地の保護」とその「利用の増進」を図る対象とされています。
しかし1931年(昭和6)に自然公園法の前身である国立公園法が施行されるまで、我が国には国や府県が主体となって自然を保護・管理する「自然公園」という法的概念はありませんでした。
したがってこれ以前に存在した「県立公園」を現在の「県立自然公園」と同一視はできません。
そもそも「公園」という言葉自体が、明治政府が「パブリック・パーク」の訳語として西洋から導入した概念です。
1873年(明治6)の太政官布告で政府が各府県に対し「古来から名所旧跡といわれるところは公園として申し出よ」という通達を出したのが始まりです。
最初期の「公園」は、寺社の境内地を一般開放したいわゆる都市公園や、名所旧跡の周辺を公園として整備した所が主でした。
その中には府県が管理運営にあたっていた所も数多くあり、したがって都市公園も含めた文字の上での「県立公園」なら明治初期からあります。
「公園」の概念を広く解釈すれば、雲仙は決して「日本最初の県立公園」ではありません。
ではなぜ雲仙が「日本最初の県立公園」と紹介されることがあるのかといえば、これが1911年(明治44)という極めて早い段階でのちの国立公園につながる「自然公園」の概念を先取りしたユニークな存在だったからです。
県が公園事務所(今でいうビジターセンター)を設置して地質や動植物の生態の研究を行なうとともに観光客の案内も行なう。
このような現在の国立公園に通じる先進的な取組みを行なっていた府県は、当時は長崎県しかありませんでした。
ただ最初のほうに書いたとおり、この「雲仙県立(県営)公園」は現在の自然公園とはかなり様相を異にする点があるのもまた事実です。
雲仙は江戸時代にこの地を訪れたケンペルやシーボルトらの著作により早くから西洋に紹介されていましたが、明治に入り欧米人の格好の避暑地として価値が見出され、主に欧米人の手によって発展してきたところです。
19世紀後半、欧米列強は中国をすでに半植民地化しており、したがって上海や香港には多数の欧米人が居住していました。
大陸の夏の蒸し暑さに耐えかねた彼らが避暑地として目指したのが、標高700m、8月の平均気温も22℃と北海道並みに涼しい高原の温泉地・雲仙だったのです。
雲仙は大陸に非常に近く、上海-長崎の定期航路を利用すれば大陸からわりと容易にやってこられる場所にあります。
この雲仙の国際観光地としての経済的価値に着目し、欧米人の滞在型リゾートとして積極投資をして整備育成を図ったのが、長崎県だったのです。
長崎県は1911年に雲仙を県立(県営)公園に指定すると、1913年(大正2)には県営の雲仙ゴルフ場を開設。
これは国内で二番目のゴルフコース(パブリックとしては初)という早さでした。
ほぼ同時に県営のテニス場も開設、1921年には第1回国際テニス大会が開かれています。
また県は国から融資を受け、外国人向けホテル「雲仙観光ホテル」を建設し大阪の不動産会社に経営を委託します。
さらに戦前としては極めて異例の観光用の自動車専用道路(仁田峠循環自動車道)を開通させるなど、外国からの観光客誘致のためのさまざまな開発を行っています。
道路を整備し、ホテルを建設し、ゴルフ場やテニスコートなどリゾート施設を建設し、そこで国際大会などのイベントを開く。
戦後でいえば西武グループが行なってきたような大規模なリゾート開発事業を県が担っていたわけで、このあたりが現代の国や自治体が管理する自然公園との決定的な違いです。
一地方自治体がこういうデベロッパー的役割を果たした事例は戦前は他にはまず見られないし、戦後もほとんどない(あってもろくに成功したためしがない)のではないでしょうか。
しかも戦後の日本人の一般大衆向けに開発された凡百の安手のリゾート地とは異なり、戦前の雲仙が目指したのは欧米人富裕層を対象とした世界に通用する滞在型リゾートでした。
今も雲仙の温泉街は、周囲の風景とよく調和した山荘風の瀟洒な洋館が並び、統一感のあるスマートな町並みが保たれています。
よほど高い教養と志がなければこんな温泉街は作れなかったはずで、きっと当時の県に優れたリーダーがいたに違いないのですが、私には非力で調べがつきませんでした。
今後機会があれば調べてみたいと思います。

長崎県で活躍した歴史上の人物を教えて下さいm(_ _)m 数名挙げて頂けると有難いで…

長崎県で活躍した歴史上の人物を教えて下さいm(_ _)m 数名挙げて頂けると有難いです。
基本、誰でも構わないのですが余り名が知られていない人物の方が有難いです。
宜しくお願いしますm(_ _)m

長崎・大浦屋(長崎でも屈指の油問屋)の女主人・大浦慶(おおうらけい、1828~84)誰よりも早く日本茶の輸出で財を成し、坂本龍馬、大隈重信、松方正義など倒幕の志士を金銭面で援助した女傑。
トマス・ブレーク・グラバーの長男・倉場富三郎(1871~1945)英名はトーマス・アルバード・クラバー。
グラバーとツル夫人の子で、日本に帰化して倉場富三郎と名乗った。
長崎の父のホーム・リンガー商会に入社。
トルール漁法を導入して長崎漁業汽船株式会社の経営に参画するなど、日本の水産の振興に大いに貢献した人物で、長崎財界に重きをなした。
雲仙ゴルフ場の設立にも尽力。
吉雄耕牛(よしおこうぎゅう、1724~1800)長崎のオランダ語通詞(幕府公式通詞)。
また彼は蘭方医として私塾・成秀館を開き、全国から入門者があいつぎ、名声は天下に広まる。
彼の創始した吉雄流紅毛外科は楢林鎮山の楢林流と双壁を成す紅毛外科(西洋医学)として広がる。
杉田玄白、前野良沢、司馬江漢、青木昆陽、平賀源内らと交流があった。
歴史上の有名人と交流があり、長崎県に深くかかわりのある、ちょっとマイナーであるかもしれない人物を紹介してみました。

ジャパネットたかたの社長さん。>

卒業旅行で雲仙みかどホテル本館に15:30~18:00の間にチェックインしたいのですが…

卒業旅行で雲仙みかどホテル本館に15:30~18:00の間にチェックインしたいのですが、方向音痴でまったく交通機関の利用法が分かりません。
他の方の質問も見ましたが、本館ではないようだったので分かりませんでした。
時間よりも値段重視で安くしたいです。
どなたか丁寧な説明お願いします。

みかどホテル本館は雲仙温泉街にはありません。
(前から雲仙温泉街にあるみかどホテルは本館が新しく出来た方が名乗ることになって、雲仙館と呼ぶことになりました。
)公共交通機関ですか・・・島原から国道57号線を雲仙の方へあがっていけば本館はあります。
島原カントリークラブ(ゴルフ場)よりも雲仙方向(添付地図の島原CCよりは左側がホテルの方向。
57号マークの方へ行くと島原。
)、俵石展望所までは行かない。
島鉄バスの島原・雲仙・愛野・諫早線の路線バスで雲仙みかどホテル本館前バス停下車になると思います。
質問者様がどちらから本館へ向かうかがわからないので、あとはご自身で「島鉄バスhttp://www.shimatetsu.co.jp/bus/busr&time02.htm」チェックして下さい。

雲仙みかどホテルの行き方
どこから出発かが分かりませんけど、雲仙みかどホテル本館前バス停に雲仙~島原間の路線バスが停まります。
島鉄バス
路線図http://www.shimatetsu.co.jp/bus/zenrosen/root2.htm
時刻表http://www.shimatetsu.co.jp/bus/busjikoku/bust02-24.4.htm
(時刻表にはホテル前が省略されており、隣の「布津入口」の運賃・時刻を参考にすればいいです。
ホテルのホームページ見たらアクセス案内が不親切ですね。
島原までの交通手段
福岡天神<高速バス>島原
福岡天神<西鉄電車>大牟田<連絡バス>三池港<フェリー>島原港
博多<JR>諫早<島原鉄道>島原
熊本<バス>熊本港<フェリー>島原港
長崎・諫早<バス>島原
長崎空港<バス>島原>

熊本からフェリーで島原外港へ行き、そこから雲仙地獄へバスで行きたいのですが、…

熊本からフェリーで島原外港へ行き、そこから雲仙地獄へバスで行きたいのですが、降車するバス停が雲仙営業所バス停ということしかわかりません。
どこからどのバス会社のバスに乗ればいいのか教えてください。
島鉄バスと県営バスのHPを見ましたが、なんだかよく分かりませんでした。
よろしくお願いします。

現在島原港から雲仙方面へ行くバスは島鉄バスだけです乗車は島原港のターミナル横ですついでに時刻表はhttp://www.shimatetsu.co.jp/bus/busjikoku/bust02.htm時刻表の『島原→雲仙→小浜→愛野→諫早』路線のうち『島原駅』発または『農高』発の便をご覧ください。
島原外港は時刻表上では『島原港』と記載されています。
一日9本です。
なお途中の『山の寺』バス停通過後ぐらいから雲仙ゴルフ場の手前まで急カーブの連続ですので車酔いの可能性がある人は対策を!

島原鉄道のバスでOKです。熊本からの船は島原外港着とのことですが、島原鉄道のHPのバス路線図の島原港と考えていいでしょう。
諫早行きのバスを利用することになります。島原鉄道HPのバス路線図内の2番のルートです。>

家族4人で長崎、島原旅行を考えています、オススメのホテル、観光スポット、ちゃ…

家族4人で長崎、島原旅行を考えています、オススメのホテル、観光スポット、ちゃんぽん店教えて下さい。
今の所島原雲仙みかどホテル本館~がまだすドーム~平和資料館がコースです

こんにちは!家族旅行楽しみですネ!島原の武家屋敷(島原城)の散策も楽しんでください。
(風情があります)島原で食事をされるなら島原城前の「姫松の名物具雑煮」は美味しいです。
http://www.himematsuya.jp/index.html島原/雲仙地区で宿泊なら、雲仙観光ホテルをお勧めします。
温泉旅館とは違った歴史のあるホテルです。
http://www.unzenkankohotel.com/長崎への移動は小浜経由なら105mの長さの足湯が出来てます。
グリーンロード(県道58号)経由での移動も気持ち良いです。
(雲仙ゴルフ場脇から百花台経由で愛野へ)平和資料館に行かれるのであれば、側には福砂屋のカステラ工場もあります。
あと浦上天主堂や片足鳥居とか坂本の外人墓地も近いですネ!ちゃんぽんは平和公園前の宝来軒(中華街にもあります)http://www.nagasaki-chinatown.com/tenpo/houraiken/houraiken.htmlあとは長崎B級グルメ「トルコライス」がお勧めです。
トルコライスは色んな店で提供されますが、元祖と言われる「つる茶ん」はいかがでしょうか?http://r.tabelog.com/nagasaki/A4201/A420101/42000064/dtlrvwlst/8019…長崎は駐車場が少ないので、路面電車の1日乗車券(500円)がありますので、観光パンフを頂き、電車で回るのも良いかと?http://www.naga-den.com/楽しい旅の参考になれば幸いです。